2007.05.14 (Mon)
情熱大陸☆にのみやかずなり
これまた1週間遅れです。
オープニング・ひらがなで「にのみやかずなり」と…。
2007年2月14日のパリ、シャンゼリゼ大通り。
ニノはハリウッドスタートして其処に居た。
クリント・イーストウッドは「ここにいる坊やのことかい?」と記者にニノの事を話している。
「とても豊かな才能を持った男だと思うよ。彼がこの作品に参加してくれた事を誇りに思うよ。彼はユーモアのセンスも抜群だしね」(素晴らしい!)
(【硫黄島からの手紙】のニノ演じる西郷のシーンが流れる)
2007年2月11日 ベルリン
ホテルの一室で取材を受けている。
意外な事を話し出す…。
ニノ「世の中の同じぐらいか、それぐらい、それより若い男の子達に馬鹿にされながら仕事してるのが凄く面白い。…何かジャニーズってだせぇよなみたいな事言われると何か……凄くやりがいが出て来るんだよね。やっぱ、みんな頭の中にジャニーズっていうアイドル帝国の形があって、その形が凄く眩し過ぎてみんなが、嫌って陰に入って喋るから、からこそ、それを陰口って呼んでるんだけど、そういう馬鹿にされてたりとかしてる人に支えられる事の方が、俺は大きいから何か、反発されてる方が居やすいんですよ」
情「やっぱりアイドルって面白いんですか?」
ニノ「面白い」
1999年 嵐デビュー
バレーボールの世界大会のイメージキャラクターとしてジャニーズJrから5人の少年が選抜され、その一人が二宮だった。
それから8年・映画【黄色い涙】試写会・2007年4月1日東京国際フォーラム
5人での記者会見の時のニノの時折見せる表情に注目してる。
『時折周りの状況を確かめながら、いつも何事かを考えている様子なのだ』
「メンズノンノ」取材*東京六本木スタジオ
ニノ「ダメだね、忙しくて」とメイク室に向かった。
アイドル的にはメイク室の撮影なんかNGだけど、ニノは全然大丈夫と撮影班にOKを出した。
服とかは全面的にスタイリストさんにお任せだったが、ヘアスタイルは自分で、メイクはあまりしないらしい。
新曲「We can make it!」のプロモ撮影現場に潜入*横浜イエロースタジオ
出来上がった映像のチェックをしてる。他のメンバー4人はモニター見ながら真剣だ。
ニノはスタッフの間にひっそりと身を隠すようにしてゲームに勤しんでいた。ひたすらゲームに没頭してます。

情「面白いですか?」
ニノ「スゲェ面白い」
没頭しつつも、現場ではアンテナを張り巡らせていて、振付師、メンバーからの確認に即返答。この日、ニノがNGを出すことは無かった(これって凄くない?)
ゲームをやってた方が色んな物が入って来やすいと言うのだ。
PVの事だけに集中すると『自分の考えが生まれちゃうでしょ、それが一番やっかいなんです。自分の考えを殺さないと、動けなくなっちゃうんです』
1983年東京都葛飾区生まれ
子供の頃から運動神経が良く、夢はプロ野球選手だった。
12歳の時、いとこが勝手にジャニーズ事務所に履歴書を送り、合格してしまった。
デビューしてからは地元の学校に通いながらの芸能活動。
修学旅行の記憶も無いという。
【拝啓、父上様】*日活スタジオ収録現場
克実さんと何やら楽しげに談話。
撮影の合間にキャッチボールしながらのインタビュー。

昔、お年玉で買ったというグローブをお披露目だ。
ジャニーズでのポジションはピッチャー。
ニノ「でも、亀梨君が来るとセンターとか」
情「本当は何処やりたかったんですか? ポジションは」
ニノ「キャッチャー」(意外だなぁ)
情熱スタッフとニノのお食事(蕎麦屋さんかな?)
ニノが注文してるよ。「きざみと黒豚うどん、黒豚カレー南蛮を2つ」
食事しながらのインタビュー。
ジャニーズ事務所とは?
ニノ「総合案内所みたいな」
事務所に不満は無いという。
ニノ「アイドルってホント空気読めるよなぁ、あいつら(笑)」
何を求められてるかが分かるという。
カレー南蛮すすりながら『揺るぎない自分』を語るニノ、貴重映像だね。
ニノ「アイドルって何なんでしょうね」
2007年2月11日 ドイツベルリン国際映画祭
『ニノ!』外国でも声援が飛んでる。
一人の記者からの質問「この映画で俳優としてどんな経験をしたのか」と。
ニノ「俳優ではございませんし、日本では歌って踊っていますし、5人でグループとして活動していますし、ただ本当に、淡々と伝えられたらなと思って参加してる最中はそれに尽くしていました」
『アイドルである事への強烈なこだわりを感じさせる一言だった』
翌日、ベルリンの街で嵐のメンバーに土産を買うニノ。
パリでも短い時間でお土産を買っていた。
パリシャルル・ド・ゴール空港でのインタビュー。
情「明日はこれで休めるんですか? 帰ったら」
ニノ「ううん、ドラマ」少し淋しい笑みがこぼれた。
2007年3月25日*東京代々木国立競技場
ドーム公演リハと並行してドラマの撮影が始まっていた。
自閉症の若者の(マラソンランナー)ドラマで瀬古さんが特別コーチとして付いていた。
既に自閉症の人とも会って何かを掴んだようだ。
【マラソン】*東京多摩川撮影現場
彼の中の役者魂。役に成り切ってるニノが其処に居た
ハードスケジュールの中、淡々とこなしていくニノは只者じゃない。
リハ終わって帰ってきてからすぐ走りこんでいたというのだ。
夜中の2、3時頃らしい。
ニノ「不審者ですよね。完全に、ね。…本気ですから」
東京ドーム*午後2時・本番前リハーサル
潤君が仕切ってるんだね。コンサート全般は…。
ニノ「緊張は出る瞬間だけ」と言う。
円陣でテンション上げている(掛声は潤君)
ホテルの一室で最後のインタビュー
二宮和也年表が貼ってある。

(ニノが眼鏡かけてる、私はあまり眼鏡かけてるニノを知らない)
ニノ「目標は持った事はないんですよ。怖いもん。だって書いたら。あ、ここで死ぬのかとか。死ぬのかって極端だけど。何か遺言書いてる感じでしょ、未来予想図って…そんな気がする」
「全然アイドルだろうな、30歳は」
2007年4月29、30日 嵐 東京ドーム初公演

『ドーム公演は夢のような目標のような通過点』
公演終了後のインタビュー
情「今日もちゃんとゲームやるんですか帰って」
ニノ「やります!」(今までも上でずっとやってたと言う)。
そして、コンサート無事終了を喜ぶスタッフの見送りの列の中に消えていった。
オープニング・ひらがなで「にのみやかずなり」と…。
2007年2月14日のパリ、シャンゼリゼ大通り。
ニノはハリウッドスタートして其処に居た。
クリント・イーストウッドは「ここにいる坊やのことかい?」と記者にニノの事を話している。
「とても豊かな才能を持った男だと思うよ。彼がこの作品に参加してくれた事を誇りに思うよ。彼はユーモアのセンスも抜群だしね」(素晴らしい!)
(【硫黄島からの手紙】のニノ演じる西郷のシーンが流れる)
2007年2月11日 ベルリン
ホテルの一室で取材を受けている。
意外な事を話し出す…。
ニノ「世の中の同じぐらいか、それぐらい、それより若い男の子達に馬鹿にされながら仕事してるのが凄く面白い。…何かジャニーズってだせぇよなみたいな事言われると何か……凄くやりがいが出て来るんだよね。やっぱ、みんな頭の中にジャニーズっていうアイドル帝国の形があって、その形が凄く眩し過ぎてみんなが、嫌って陰に入って喋るから、からこそ、それを陰口って呼んでるんだけど、そういう馬鹿にされてたりとかしてる人に支えられる事の方が、俺は大きいから何か、反発されてる方が居やすいんですよ」
情「やっぱりアイドルって面白いんですか?」
ニノ「面白い」
1999年 嵐デビュー
バレーボールの世界大会のイメージキャラクターとしてジャニーズJrから5人の少年が選抜され、その一人が二宮だった。
それから8年・映画【黄色い涙】試写会・2007年4月1日東京国際フォーラム
5人での記者会見の時のニノの時折見せる表情に注目してる。
『時折周りの状況を確かめながら、いつも何事かを考えている様子なのだ』
「メンズノンノ」取材*東京六本木スタジオ
ニノ「ダメだね、忙しくて」とメイク室に向かった。
アイドル的にはメイク室の撮影なんかNGだけど、ニノは全然大丈夫と撮影班にOKを出した。
服とかは全面的にスタイリストさんにお任せだったが、ヘアスタイルは自分で、メイクはあまりしないらしい。
新曲「We can make it!」のプロモ撮影現場に潜入*横浜イエロースタジオ
出来上がった映像のチェックをしてる。他のメンバー4人はモニター見ながら真剣だ。
ニノはスタッフの間にひっそりと身を隠すようにしてゲームに勤しんでいた。ひたすらゲームに没頭してます。

情「面白いですか?」
ニノ「スゲェ面白い」
没頭しつつも、現場ではアンテナを張り巡らせていて、振付師、メンバーからの確認に即返答。この日、ニノがNGを出すことは無かった(これって凄くない?)
ゲームをやってた方が色んな物が入って来やすいと言うのだ。
PVの事だけに集中すると『自分の考えが生まれちゃうでしょ、それが一番やっかいなんです。自分の考えを殺さないと、動けなくなっちゃうんです』
1983年東京都葛飾区生まれ
子供の頃から運動神経が良く、夢はプロ野球選手だった。
12歳の時、いとこが勝手にジャニーズ事務所に履歴書を送り、合格してしまった。
デビューしてからは地元の学校に通いながらの芸能活動。
修学旅行の記憶も無いという。
【拝啓、父上様】*日活スタジオ収録現場
克実さんと何やら楽しげに談話。
撮影の合間にキャッチボールしながらのインタビュー。

昔、お年玉で買ったというグローブをお披露目だ。
ジャニーズでのポジションはピッチャー。
ニノ「でも、亀梨君が来るとセンターとか」
情「本当は何処やりたかったんですか? ポジションは」
ニノ「キャッチャー」(意外だなぁ)
情熱スタッフとニノのお食事(蕎麦屋さんかな?)
ニノが注文してるよ。「きざみと黒豚うどん、黒豚カレー南蛮を2つ」
食事しながらのインタビュー。
ジャニーズ事務所とは?
ニノ「総合案内所みたいな」
事務所に不満は無いという。
ニノ「アイドルってホント空気読めるよなぁ、あいつら(笑)」
何を求められてるかが分かるという。
カレー南蛮すすりながら『揺るぎない自分』を語るニノ、貴重映像だね。
ニノ「アイドルって何なんでしょうね」
2007年2月11日 ドイツベルリン国際映画祭
『ニノ!』外国でも声援が飛んでる。
一人の記者からの質問「この映画で俳優としてどんな経験をしたのか」と。
ニノ「俳優ではございませんし、日本では歌って踊っていますし、5人でグループとして活動していますし、ただ本当に、淡々と伝えられたらなと思って参加してる最中はそれに尽くしていました」
『アイドルである事への強烈なこだわりを感じさせる一言だった』
翌日、ベルリンの街で嵐のメンバーに土産を買うニノ。
パリでも短い時間でお土産を買っていた。
パリシャルル・ド・ゴール空港でのインタビュー。
情「明日はこれで休めるんですか? 帰ったら」
ニノ「ううん、ドラマ」少し淋しい笑みがこぼれた。
2007年3月25日*東京代々木国立競技場
ドーム公演リハと並行してドラマの撮影が始まっていた。
自閉症の若者の(マラソンランナー)ドラマで瀬古さんが特別コーチとして付いていた。
既に自閉症の人とも会って何かを掴んだようだ。
【マラソン】*東京多摩川撮影現場
彼の中の役者魂。役に成り切ってるニノが其処に居た
ハードスケジュールの中、淡々とこなしていくニノは只者じゃない。
リハ終わって帰ってきてからすぐ走りこんでいたというのだ。
夜中の2、3時頃らしい。
ニノ「不審者ですよね。完全に、ね。…本気ですから」
東京ドーム*午後2時・本番前リハーサル
潤君が仕切ってるんだね。コンサート全般は…。
ニノ「緊張は出る瞬間だけ」と言う。
円陣でテンション上げている(掛声は潤君)
ホテルの一室で最後のインタビュー
二宮和也年表が貼ってある。

(ニノが眼鏡かけてる、私はあまり眼鏡かけてるニノを知らない)
ニノ「目標は持った事はないんですよ。怖いもん。だって書いたら。あ、ここで死ぬのかとか。死ぬのかって極端だけど。何か遺言書いてる感じでしょ、未来予想図って…そんな気がする」
「全然アイドルだろうな、30歳は」
2007年4月29、30日 嵐 東京ドーム初公演

『ドーム公演は夢のような目標のような通過点』
公演終了後のインタビュー
情「今日もちゃんとゲームやるんですか帰って」
ニノ「やります!」(今までも上でずっとやってたと言う)。
そして、コンサート無事終了を喜ぶスタッフの見送りの列の中に消えていった。
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